掏摸 中村文則 [本 livre]
とても軽快に読める作品。
一級の掏摸師が、掏摸を通りして人の諸相を描く。
章立てがとても短くて、それが読みやすさと掏摸行為という1秒1秒を刻々と表現する描写、脅迫的なスピード感を生むことにつながっている。
おもしろいのは、主人公自身を内の表現だと、「僕」と表現し、外(他人と会話するななど)では、「俺」と表現すること。これで、「俺」と表現することで、対外的には強さを表現し、内在的には、「僕」と表現することによって、弱さを表現しているように思える。
たびたび文章のなかにドストエフスキーが現れる。ラスコリニコフの精神の呵責を描いた「罪と罰」とこの作品は少なからずリンクされる部分はある。しかし、「罪と罰」のあの描き方を体感してしまった人にとっては、この作品は物足りなさを感じてしまうだろう。読みすさ、スピード感を備えたこの「掏摸」は、普段の私たちでは知り得ないアングラな世界に誘ってくれる。
コメント 0